バットというのは、野球で言うとバッターが持っている棒です。
料理の場面では、切り分けた食材や料理を置いておく板です。
あちこちのブログの文やニュースで、
「多くの…」という場合、前後に必ず「悪いネガティブな意味」を
付けて書いているライターがいる。良い意味の言葉の前後に「多くの」と
続けている人間がほとんどいないというのは、
世の中で、多くの人が多くの不幸を望んでいるということにならないか?
なぜ、「多くの人が幸せになるよう祈っています」
という文を書く人間がいないのか。
「宝くじに当たった人が多かった」とか、
夢や希望を叶えた人が多いなども、
ポジティブな多くの人を望んでいる気持ちが表れている。
ブログを書いているようなライターが決して幸せでないということが
「多くの人の不幸を望む文」を書かせているのでしょう。
自分さえ良ければ、自分さえ助かれば、自分さえ仕事があれば・・・
心をもっと豊かにすることがライターの仕事を増やすのかもしれない。
「多様化する問題」とか、ないよねぇ~
問題が増えてどうするっていうのよ?
「多様化する解決法」って書くわ
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