社交的と呼ぶのは初めましてを何度か積極的に行った場合。
バッドマンの集まりのような場所では、
1人に対し、向こう側には何人いたのかわからない環境を
ノートパソコンひとつで作り出すことができる
ライブの実況中継をしながら会話もでき、
恐ろしいわ~、文明の利器
ところどころに光る美しい言葉に感謝と才能を感じ、
あのビルのなかってのは、東京のビルの中とはちょっと違うのか……
仙台本社で、あのビルで頑張っているので、
どういう人物だろうと怯えていたが、
いくつか私のPCに施されていたいたずらを駆除してくれたのかもしれない
忙しいと言っていたけれど、お会いできてよかった
また会えるのか? 目の奥が笑っていた意味が怖くて昼ご飯を食べに出た
ふわ~、老けてる、カラダ若干、調子よくない。
疲れたか? 自問自答しつつ、さらに次の場所へ行った
料理で言えば、マグレカモのフランボワーズ添え
いくつかの香味野菜がたっぷりで、
キャビアやとんぶりやキヌアなどがブレンドになったプチプチに
いくらが混ざっているようなベースがあった。
食べたかったけどなかなか売っているところが近くに無いので
やっと発見したというような人物
業種が違うと出る言葉も違い、
若干、失言ぎみを連発、
なるほど、あっちとこっちの世界観の壁があることがわかった
例えば、MとSぐらいの言葉の壁で、
仕事先によって使い分けねばならないということがわかった
社交的行動は、人に会わなければわからない。しかも、
会話の内容が、案件に基づいたものでないとよくわからず、
ときどき、発言の途中で記憶が途切れるというアクシデントもあり、
話し言葉がめちゃめちゃになる症状は、母と似ていた。
人為的なというか機械的な障害ということもわかった。
PCを直してくれたので、言語の障害は治った感覚。
カラダも調子よくなった。
どこのどなたかわからないけど、ありがとう
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